レプリカズ(清水)

『レプリカズ』
原題 Replicas/ 製作年2019年/ 製作国アメリカ/ 配給ショウゲート/ 上映時間 107分/ 映倫区分G/
オフィシャルサイト/劇場公開日2019年5月17日から東京・TOHOシネマズ日比谷ほか全国で公開/
スタッフ: 監督 ジェフリー・ナックマノフ/ 製作 スティーブン・ハーメル、キアヌ・リーブス、ロレンツォ・ディ・ボナベンチュラ、マーク・ガオ/
キャスト: キアヌ・リーブス: 神経科学者ウィリアム・フォスター/ アリス・イブ: 妻モナ・フォスター/ トーマス・ミドルディッチ: フォスター博士の共同研究者エド/ジョン・オーティス:所長ジョーンズ/

(C)2017 RIVERSTONE PICTURES (REPLICAS)LIMITED. All Rights Reserved.


『レプリカズ』―家族愛が招くクローン人間作成

                               清水 純子

 表題の『レプリカズ』(replicas)は、「写し、模写、複製」の意味である。いわゆる「コピー」のことであり、しかも複数形である。キアヌ・リーブスが制作と出演を兼ねる最新作『レプリカズ』は、今話題沸騰中のクローン人間製造の物語である

*死者の心を別の肉体に移植  
 神経科学者ウィリアム・フォスターは、人間の「心」を別の肉体に移植する実験に余念がないが、もう一歩のところで成功を逃す。兵士の死体から取り出した脳細胞をロボットの体に移植することは成功したが、意識を回復した兵士が自分の体を見て「自分は誰だ!」とパニックになって暴れ出したために実験は中止になる。度重なる失敗に研究所長ジョーンズは苛立ち、出資者が手を引いて研究所は閉鎖になると言い渡す。気分転換に妻と3人の子供たちを連れて、夜ドライブに出かけたウィリアムは、大雨のためにハンドルを取られて川に転落し、自分以外の家族は全員亡くなる。一人一人の遺体を川から引き揚げて悲嘆にくれるウィリアムは、禁断の計画を思い立つ。ウィリアムは、共同研究者のエドの助けを借りて、家族の遺体を自宅に運んで甦らせるためにクローン人間製造に乗り出す。ロボットの体に脳神経を移植したのが失敗だったと気づいたウィリアムは、元の肉体を再現してそこに脳神経を移植する。時間を早送りする特殊な溶液の中で、クローンたちの肉体は瞬く間に成長する。そこへ遺体から取り出した「心」を移植すると、それぞれの家族はいつものように生活し出す。ウィリアムは、事故の記憶や予算がなくて再生できなかった末娘ゾーイ等の都合の悪い記憶をあらかじめ抹消しておいた。すべてが元に戻るかのように見えたが、研究所長がウィリアムの成果を横取りしようと、クローン家族の捕獲を狙う。研究所は、政府による秘密機関だったのである。

*動物のクローンはSFでない
 人間のレプリカ作成、つまりクローン人間誕生は、現在はSFの領域とされるが、動物ではすでに成功している。1997年にイギリスでクローン羊ドリーの誕生後、2018年には中国でカニクイザルの双子のクローンが誕生した。クローン猿成功については、人間のクローン作成に近づいたとして賛否両論である。倫理上の問題から非難する人々の方が現在は圧倒的多数である。韓国やアメリカでは、死んだペットのクローンがビジネスとして裕福な層に浸透していると聞くので、動物のクローンは目新しいことではない。

*人間クローンのタブー
 しかし人間に関してだけモラルの上でアウトなのである。理由は人体実験、自然の秩序の破壊、人間の尊厳の危機、クローン人間の道具化と悪用、家族愛及び人間愛の喪失、神の領域を侵害などである。『レプリカズ』のウィリアムは、クローン人間作成のタブーと違法性を知り尽くしたうえで、亡くなった家族の遺体再生に踏み切った。ウィリアムの家族に対する愛が、社会的道徳的禁忌に対する抑制を上回ったのである。マッド・サイエンティスト(狂った科学者)の系譜のSFと『レプリカズ』が決定的に違うのは、実験の動機が科学者の野心と好奇心ではなく、家族愛にあることであ。ウィリアムの家族再生は、ペットのクローンを依頼する金持ちが世界各地にいることを考えれば、狂った行いとは言いきれない。愛する人を失った人間は、高度な医療、魔術、宗教による奇跡などすべてを味方にして死者の甦りを夢見て、模索してきた。キリストの復活や亡霊の存在も生命活動の停止を認められない生者の欲望であり、幻覚だと言えないか? もし自分に死者を蘇らせる技術があるとしたら、生かさないでいられるだろうか? ウィリアムを非難する前に自分の身に置き換えて考えてみたい問題である。

*勇気あるハッピーエンド
 人間クローン作成のSFは、検閲やモラル上の非難を恐れ、悲劇的結末をとることによって科学者の意図を挫く場合が多い。しかし『レプリカズ』は、ハッピーエンドである。追手を免れたウィリアムは、プエルトリコの美しいビーチで家族との団らんを楽しみ、失った末娘のゾーイも参加する。一方、マッド・ビジネスマンであり、政府のおそろしい手先であった所長ジョーンズは、善良な科学者の脳を移植されて億万長者になる。クローン技術によって不老長寿の望みをかなえるビジネスに成功したからである人間クローン製造をハッピーエンドで閉じるのは、宗教を重んじるアメリカにあって、勇気ある見解である。

*クローン技術の恩恵
レプリカズ』は、クローン技術の良い面と恩恵を指摘した珍しい映画である。画期的新技術は、用いる人の意図と人柄によって吉にも凶にもなりうることを示唆している。便利で人類の躍進に役立つものは、使い方を間違えれば凶器になるーーダイナマイト、車、自動車、銃、刃物、薬など思い浮かぶものすべてがプラスとマイナスの両面を備えている。人間クローンに対しては、違和感や偏見、それに嫌悪感が先立ってマイナス面ばかり考えてしまうのはしかたがないかもしれない。しかし、『レプリカズ』ではクローン人間製作の短所である「家族愛及び人間愛の喪失」という項目はまったくあてはまらない。作成の意図や状況が野心や利益ではなく、家族愛だからである。この映画は、クローン技術とて他の革新的技術の例外ではないというきわめて冷静で常識的な見解に立っている。クローン技術の是非や将来を考え、意見を戦わせるための授業用教材としても広く応用できる先見性のある映画である。

©2019 J. Shimizu. All Rights Reserved. 1March 2019  (C)2017 RIVERSTONE PICTURES (REPLICAS)LIMITED. All Rights Reserved.


 50音別映画に戻る