リチャード・ジュエル(清水)

『リチャード・ジュエル』
2019年製作/131分/アメリカ/原題 Richard Jewell/配給 ワーナー・ブラザーズ映画/スタッフ:監督 ク リント・イーストウッド / 製作 クリント・イーストウッド 、ティム・ムーア 他/ 原案 マリー・ブレナー /
キャスト:リチャード・ジュエル-ポール・ウォルター・ハウザー / ワトソン・ブラ
 イアント-サム・ロックウェル /ボビ・ジュエル-キャシー・ベイツ /トム・ショウ-ジョン・ハム/
公式サイト
TOHOシネマズ 日比谷 他にて2020年1月17日(金)全国ロードショー


『リチャード・ジュエル』―イーストウッド監督の円熟が描く現代の魔女狩り

                            清水 純

3日間の英雄
 リチャード・ジュエルは、3日間は英雄として祭り上げられ、後の88日間は容疑者としてFBIの取り調べを受けた。1996年、アトランタオリンピックの最中の爆破テロ事件で爆発物の第一発見者である警備員リチャード・ジュエルは、適切な避難誘導を行って多くの人命を救った英雄として讃えられる。しかしそのわずか3日後、マスコミによって爆弾犯の汚名を着せられ、FBIの取り調べのために88日間の拘留を余儀なくされる。ジュエルを天国から地獄へ引きずり落したのは、無責任なマスコミ報道である。女性ジャーナリストのスラッグスは、自分の肉体の提供と引き換えに、容疑者ジュエルの特ダネをFBI捜査官トムから引き出す。FBIは隠密捜査をもくろんでいたが、スラッグスの暴露によって計画が大幅に狂う。あらゆるマスメディアがジュエル宅に集結して、ジュエル母子の一挙一動を見守る。息子の身を案じる母をかばいながら、戸惑いと怒りになすすべのないリチャードは、弁護士ブライアントにすがる。ジュエルにとって昔のアルバイト先の弁護士事務所のブライアントが唯一知る弁護士だったからだが、今は一人でしけた事務所を運営するブライアントこそがジュエルの救い主になる。たった3日間の英雄の潔白を信じるのは、世界にたった3人だけ――リチャード自身、母のボビと弁護士のジュエル――だが、その3名が結束して落ちた英雄の名誉回復のために戦う。

現代の魔女狩
 リチャード・ジュエルへの嫌疑は、現代の魔女狩りである。「魔女狩り」とは、ある社会集団において偏見や差別の概念に基づいた理不尽な暴力的糾弾や排斥行為をさす。魔女狩りの対象にされる人物は、女性とは限らず男性もいたが、社会的肉体的に周りの人々と異なっていたり、変わっていたりして、集団にうまく溶け込まない人物が狙われた。魔女にされた人物が必ずしも能力的に劣っていたというわけではないが、普通の人々にない力があって逆に恐れられたり、あるいは身体や知能に障害がある厄介者やのけ者が標的にされた。リチャードは、肉体的には際立った肥満体で、「脂身、脂肪、デブ」と呼ばれて馬鹿にされ、ガールフレンドもいない独身で、いい年をして母親と同居していた。リチャードは、愚直なまでに規則にこだわり、頭の固さとかたくなな理想主義ために何度か傷害事件を起こして逮捕されたこともあった。ジュエルは、権力を妄信していたために、自分も警察官になりたいと切望してそのために日夜努力していた。
 極端な肥満体と状況判断にうとい猪突猛進のジュエルは、たしかに普通とはいいがたく、時として滑稽であり、魔女狩りの標的にされてもしかたがないような無防備で、隙間だらけの狙ってくださいと言わんばかりのまぬけに見える。ジュエルは、異様なまでに愚直であり、信じがたい純情さと頑固さを兼ね備えている。ジュエルは、世間の批判から真犯人検挙を迫られてあせるFBIによって真犯人に仕立て挙げられようとしているにもかかわらず、疑うこともなくFBIの言いなりになり、弁護士ブライアントをひやひやさせる。

イーストウッド監督の円熟した演出
 クリント・イーストウッド監督は、この実話をリチャードの愚直さを盾にとって、マスメディア、FBI、大衆の結託した集団ヒステリーを告発する。リチャードの純真さとまっすぐな人柄につけ入って、リチャードを騙して陥れようとするFBIの狡猾さを告発し、スクープをとるためには人権を無視するばかりでなく人殺しも辞さないマスコミの悪辣さを暴く。そして英雄と祭り挙げた人物をわずか3日の後に、地にたたきつけて踏みにじる無知な大衆のおぞましさを鮮やかに浮き彫りにする。
リチャードの愚直さ、母ボビの息子を思う心、リチャードの無実を確信して力を振り絞って巨大権力と立ち向かうブライアント弁護士の活躍に観客は共感し、アメリカの正義を信じる。いったんは、地に落ちた正義は、有能で勇気ある弁護士の力によって再び甦る。イーストウッドは、実際に起きた現代の魔女狩りを事実を元に過不足ないドラマに仕立て上げ、観客の注意を引き付けドラマを堪能させながら、社会的正義の重い問題を考えさせる。
 無口で弁が経つように見えなかったリチャードが、FBIの尋問に際して、弁護士の制止を聞かずに訴える言葉は胸をうつーー「僕はずっと警察の力を信じて尊敬してきました。それだから僕も警察官になりたいと願ってきたのです。でも僕が信じていたのと現実は違いました。あなた方は僕が犯人だという確かな証拠をもっているのですか? 第一発見者である僕が犯人にされたのを知ったら、次に爆弾を見つけた人は僕のようになりたくはないので、きっと誰にも告げずに逃げてしまうでしょう。そうしたら大勢の人が死ぬことになるのです。あなた方がこうして無駄な時間を使っている間に犯人は次の計画を練っているかもしれません。」 リチャードの嫌疑は晴れ、しばらくして真犯人は見つかる。8年後、警察官になったリチャードをブライアン弁護士は訪問する。 観客は、一度は危機にさらされたアメリカの正義、そして個人の尊厳と自由が取り戻されたことを知って安堵する。

 しかし、リチャード・ジュエルの件は解決できた例である。ジュエルの冤罪は晴らされたが、迷宮入りになったり、魔女狩りの生贄になったり、なろうとしている被疑者は今もいるかもしれない。イーストウッド監督は、公権力の乱用とマスメディアと大衆の暴走に気を許さないように映画を通して警告する。

©2019 J. Shimizu. AllRights Reserved. Dec 25 

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