ルーム

トロント国際映画祭 観客賞受賞
バンクーバー国際映画祭最優秀カナダ映画賞受賞
ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞 2015 主演女優賞ブリー・ラーソン 受賞
ブレイクスルー賞ジェイコブ・トレンブレイ 受賞
第73回ゴールデングローブ賞 主演女優賞(映画演技賞ドラマ部門ブリー・ラーソン受賞
第22回全米映画俳優組合賞[15] 主演女優賞 ブリー・ラーソン 受賞

『ルーム』(原題Room)
製作国 カナダ・アイルランド合作   言語 英語   上映時間 118分
製作会社 フィルム4・プロダクションズ  エレメント・ピクチャーズ  ノー・トレイス・キャンピン
配給  A24フィルムス ギャガ
スタッフ:監督 レニー・エイブラハムソン/ 脚本 エマ・ドナヒュー / 原作 エマ・ドナヒュー『部屋』(講談社)  /
製作 デヴィッド・グロス, エド・ギニー /音楽 スティーヴン・レニックス /撮影 ダニー・コーエン
キャスト:
ブリー・ラーソン : ジョイ・ニューサム(ママ) /ジェイコブ・トレンブレイ : ジャック/
ジョアン・アレン: -ナンシー・ニューサム 、ジャックの実の祖母/ ショーン・ブリジャース:オールド・ニック/
ウィリアム・H・メイシー : ジャックの義理の祖父
2016年4月8日(金)よりTOHOシネマズ新宿ほか全国の劇場で順次公開
オフィシャル・サイト: http://gaga.ne.jp/room/
 

(C)Element Pictures/Room Productions Inc/Channel Four Television Corporation 2015




『ルーム』― 拉致被害からの脱出

清水 純子

安普請(やすぶしん)の狭い、うす汚れた「ルーム」で会話するママ・ジョイと5歳の息子ジェイコブ。
貧しいけれど、ほほえましい母子家庭と思いきや、この親子は普通でない状況にあることがわかっていく。
定期的に差し入れられる食糧や生活必需品、ルームには天窓だけで、他の窓や出入り口はどこにもみあたらない。
差し入れの男がいる間、幼いジェイコブは洋服ダンスのベッドで寝かされて、隙間から男を眺める。
男は、パンツ一枚になってママのベッドに入り込み、ギシギシとリズムに乗ってきしむ音がする――この男がママに何をしているのかを観客に想像させる。
そう、この男は、17歳のジョイを拉致して7年間、このルームに軟禁した。
ジェイコブはその間に生まれた。
ママ・ジョイは、逃亡計画に失敗して痛い目にあったが、息子が5歳になったのを機に外界脱出に再挑戦する決意をかためて周到な計画を立てる。
ジェイコブを使った「クレオパトラ作戦」(見てのお楽しみ) は、見事に成功して、母子は外界に飛び出して、ばあばの家に戻る。

普通の映画だったら、ママと子供、ばあばが加わって抱き合って感激の涙を流してハッピー・エンドだが、『ルーム』は、外界復帰後の母子と周囲の困難な状況を描くことに後半を費やす。
ママと二人きりで幻想を紡いで生きた「ルーム」の世界しか知らないジェイコブは、多くの人と関わって活動する現実の世界にすぐには慣れない。
ママも家の周りをマスコミに取り囲まれ、自分がいない間に父と別れてボーイフレンドと暮らす母に八つ当たりして口論。
変な男に誘拐されて人生を狂わされたママは、傷跡深く修復ができない。
ママの危機を救ったのは、ママよりも早く現実復帰を果たしたジェイコブだった。

ママ・ジョイを誘拐した男のプロフィールやその後は、映画では詳しくは語られていないが、『ルーム』は、アイルランドのエマ・ドナヒューのベストセラー小説「部屋」の映画化である。
この物語の着想は、オーストリアの「フリッツル事件」(Fritzl case)から得たとされる。
「フリッツル事件」は、2008年エリーザベト・フリッツル(42歳)が実父に24年間監禁されて強姦され、7人の子供を産まされたと警察に届けたことから発覚した。
2008年73歳の父ヨーゼフ・フリッツルは逮捕され、近親相姦、強姦、強要、不法監禁、奴隷化、過失致死の疑いで訴追され、終身刑の判決を受けた。
ヨーゼフは、手伝いと称してエリザベスを騙して地下室に監禁し、娘を探す母を欺くために、エリザベスにカルト集団に入ったという偽の手紙を書くことを強要した。
父は、3日毎に訪れて生活必需品を与え、娘をレイプして帰るのを日課にしていた。
監禁が発覚したのは、父娘の間に生まれた長女の容態が悪くなり、入院したことがきっかけである。
監禁部屋の天井には、引っ掻いた後が残されており、エリザベスが苦しんで助けを求めていたことは明白だが、家族も周囲も誰も不審に思わず、監禁に気づかなかった。
父娘の間に生まれた子供たちには、近親相姦にみられる遺伝病がみつかった。

『ルーム』 は、現実のセンセーショナルな事件のおぞましさを最小限にとどめて、母子の心理描写と母子に対する社会復帰に焦点を当てて描く。
監禁状態を解かれて、やっと正常な生活に入れたのに、母と密着できた二人だけの世界、外の世界を夢見て母と幻想に浸っていた頃の思い出を大切に思う、幼い息子の複雑な心理を、共感をこめて演出する。
外の世界にいちはやく適応したジェイコブが、監禁されていた「ルーム」訪問を希望して警察官に付き添われて、室内を見まわす――「扉が開いているのはルームじゃない」と言うところなど、監禁された経験のある者にしかわからない独特の屈折した心理を反映する。
事実ジェイコブは監禁がなければ誕生しなかったのだし、「ルーム」はその意味でジェイコブの文字通りのルーツである。
映画は、このデリケートな問題にもちゃんと触れている――TVのインタビューに応じたママ・ジョイが「ジェイコブは私だけの子供、子供のことを思わないのは父でない」と生物学上の父に触れたマスメディアの質問を一蹴している。

罪もない人間を監禁して、自由を奪うのは大罪である。まして性的奴隷にするなど法外な悪徳である。
警察の協力はもちろん、周囲の目、つまりご近所の介入を始めとする他人のおせっかいがあったならば、この悲劇は防げたかもしれない。
『ルーム』を見て、個人主義や個人情報の守秘義務の行き過ぎを逆に警戒しなければならないと思った人も多いのではないか。
拉致被害は、今やグローバルな問題になっている。こういう悲劇を繰り返さないために我々はいま何をしたらいいのか『ルーム』を見て考えよう。

参考資料
「フリッツル事件」 Wikipedia. 11 Feb. 2016.。

©2016 J. Shimizu. All Rights Reserved.   2016. Feb. 11


(C)Element Pictures/Room Productions Inc/Channel Four Television Corporation 2015

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