死霊館のシスター(清水)

『死霊館のシスター』 原題 The Nun/ 製作年2018年/ 製作国 アメリカ/ 配給ワーナー・ブラザース映画/ 死霊館のシスターのオフィシャルサイト
スタッフ:監督コリン・ハーディ/ 製作 ピーター・サフラン、ジェームズ・ワン/ 製作総指リチャード・ブレナー、ウォルター・ハマダ/
キャスト: タイッサ・ファーミガ: シスター・アイリーン / デミアン・ビチル: バーク神父/ ジョナ・ブロケ:若者フレンチ―/ シスター・ビクトリア/ イングリッド・ビス:シスター・オアナ/
2018年9月21日(金)新宿ピカデリーほか全国公開.

(C)2018 WARNER BROS. ENTERTAINMENTINC.


『死霊館のシスター』――揺らぐ存在空間の恐怖

                                清水 純子

★一番恐い 『死霊館のシスター
 『死霊館のシスター』は、大ヒットを記録した『死霊館』と『アナベル人形』シリーズの最新作だが、これが一番おもしろい、そして最も恐ろしい。これまでの『死霊館』で監督をつとめてきたジェームズ・ワンは、 『死霊館のシスター』では原案と製作にまわり、イギリスのコリン・ハーディが監督の座に座る。

★ハーディ監督のゴシック・ヴィジュアル恐怖美
 C. ハーディは、映画監督であるばかりでなく、イラストレーター、彫刻家、作家であり、恐怖美を特徴とするヴィジュアル・アート(視覚芸術)で知られる。『死霊館』 シリーズの舞台は、これまではアメリカやイギリスの家庭だったが、『死霊館のシスター』 では、ルーマニアのトランシルヴァニアの山奥のさびれたカルタ修道院に移る。大がかりなルーマニア・ロケに加えて、ハーディ監督率いる美術関係およびカメラのスタッフの総力が結集された『死霊館のシスター』では、まず目を見張り、次に目を覆い、そして最後に目をこすって凝視する素晴らしい 「恐怖美」の世界が展開される。
  誰もいないはずの背後の薄暗い空間に確かに誰かがいる。修道女の影はくりぬかれたような黒い影絵の中で、目の部分だけ白くギラギラ光らせ、徐々に口が動き、次第に朧げにその姿が浮かび上がる。観客がはっとする、ヒロインも気づいて後ろを向くと、修道女の黒い影は鳴りを潜め、暗い背景に溶け込んで消えている。
 修道院長に向かって話しかけると、その黒い影は蝋のような白い面の真っ黒な口を開き、地の底から沸き起こるような低い声で説教するが、近づいて手を触れると、ガラガラと骨格は崩れて、骨と黒い衣服だけが残る。 誰もいないはずの暗闇から突然手が出て、首を締めあげる。
  コルビン城、ベトレン状、そしてモゴショアヤ要塞を修道院内空間として活用したこの手の込んだうす暗く陰惨な背景は、亡霊の棲み処にうってつけである。真夜中の墓地内を、修道女が走り去る姿が見える、何もしないかと思うと、その影が襲ってくる。修道院の居間の壁が一斉に揺れ動き、四方に所狭しと掛けられた無数の十字架が一瞬のうちに逆十字架に変わる。逆十字架は、逆十字は悪魔崇拝を表し、神への反逆と冒涜の象徴である。そして扉がひとりでに開き、教会の地下納骨堂に通じる迷路をたどる途中で 「ここから神はいない」の看板がかかっている。音響効果も効果的で、地獄の門の開門を告げる轟音が地下から響き渡る。
  恐るべき修道女の群れの首領は、ヴァラク(悪魔の親分、地獄の大総裁)である。ヴァラクは、シリーズ第2作『死霊館 エンフィールド事件』(2016)で、絵から向け出てきた不気味な悪魔の尼僧である。『死霊館のシスター』が 『死霊館 エンフィールド事件』に時系列では先立つ物語であることがヴァラクの登場により明かになる。悪魔の侵入を防ぐための尼僧たちの深夜のミサは、黒ミサを連想させる。
  陰鬱でおぼろげな輪郭の修道女団の中にあって、見習いシスター・アイリーンの純白な尼僧服だけが不自然なまでに浮かび上がる。アイリーンの汚されていない神聖な状態を象徴するのだが、とすると周りの黒ずんだシスターたちはなんなのだ?という疑問が浮かぶ。それもそのはず、この世にあるのはアイリーンだけだった。 ぞくぞくするほど恐いのだけれど、美術もサウンドもそしてストーリーも洗練されているので、観客は恐いもの見たさで引き込まれていく。ハーディ監督のゴシック・ヴィジュアル恐怖美の勝利である。

バーク神父とシスター・アイリーンの悪魔祓い
  1952年ルーマニアのトランシルヴァニア地方ビエルタン村で、シスターの首つり死体を配達人の若者フレンチ―が発見する。ローマ教皇庁は、キリスト教が禁じる自殺をシスターがしたことを問題視して、事件の起きたカルタ修道院が神聖であるかどうか調査を開始する。忌まわしい評判のために村人も近づかない妖しい教会へ派遣されたのは、アメリカ人バーク神父と修練中のイギリス人シスター・アイリーンである。バーク神父は悪魔払いの経験が豊富であり、シスター・アイリーンは予知能力を備えていた。2人は、不気味なカルタ修道院で、物言わぬ影のような尼僧たちに囲まれ、謎の鍵を握りしめたシスター・ビクトリアの遺体と対面する。美しいシスター・オアナだけが、修道院の規律を破って、シスター・アイリ―ンに有益な忠告を与え、身を挺して守ってくれた。しかしシスター・オアナも院内を徘徊するシスター・ヴァラクの魔力に倒されて遺体になる。
 バーク神父とシスター・アイリーンは、秘密の鍵でキリストの血の入ったボトルを地下納骨所の扉内から発見し、悪魔の封じこめを開始する。シスター・オアナを最後の餌食にしようとした悪魔は、オアナの自殺によって意図を挫かれていた。すでにカルタ修道院を占拠していた悪魔だが、キリストの血の威力には勝てず滅びる。バーク神父、シスター・アイリーン、そしてフレンチ―は、閉鎖させた修道院を後に馬車で村へ帰路を急ぐ。
  しかし、カメラは、フレンチ―の首筋に刻印された逆十字架の痣を見逃さずにとらえる。何年も後の映画が映す映像には、シリーズ中おなじみの超常現象研究家エド&ロレイン・ウォーレン夫妻が登場し、悪魔祓いの実例を報告する。なんとそこに写っていたのは、フレンチ―であった。

揺らぐ存在空間の恐怖  
 『死霊館のシスター』の恐さの根底にあるのは、存在空間が揺らぐからである。その揺らぎは、主人公たちの自発的意志によってもたらされるものではなく、強制的に異次元の空間に押し出されたことによって待ち受ける避けようのない運命的な現象である。
A.地理的空間の揺らぎ
 バーク神父も見習いシスター・アイリーンまでが、教皇庁の鶴の一声によって「神の兵隊」として悪魔の住む土地へと派遣される。バーク神父はアメリカから、シスター・アイリーンはイギリスから、それぞれ未知の国ルーマニアの山奥に向かう。20世紀中庸の文明圏から、中世さながらのドラキュラ伝説の生まれた未開で邪悪な空間へと招集される。 2人のキリスト者は、地理的空間の揺らぎを神の子(イエス・キリストを信じる者)として甘受しなければならない。
B.生と死の空間の揺らぎ
 生者であるバーク神父もシスター・アイリーンは、カルタ修道院の門をくぐった瞬間、死者の空間に足を踏み入れることになる。対話を果たしたと思った修道院長は骸骨、親切なシスター・オアナは自殺体、ミサに集まる修道女たちはこの世の人でないことが次第にわかる。なにより恐ろしいのは、悪魔の力によって夜間、墓地におびき寄せられたバーク神父が、一瞬にして地の下の棺に閉じ込められる場面である。生きながら埋葬された神父は、鈴紐を引いてアイリーンに知らせ無事生還する。疫病がはやった中世には早すぎた埋葬が多発したために、棺の中で息を吹き返した場合の備えの習慣だという。エドガー・アラン・ポーの恐ろしい短編小説「早すぎた埋葬」を彷彿とさせる恐怖である。
C.時空間の揺らぎ
 悪魔を退治して和気あいあいで生還する3人(2人の聖職者バークとアイリーン、村の若者フレンチ―)の中の快活で屈託のなかった青年フレンチ―が、エド&ロレイン・ウォーン夫妻の悪魔祓いの実例のフィルムに出現する。悪魔退治から約20年の歳月を経て、アメリカで撮影されたフレンチ―の姿は、生きてはいるが、全く別の存在に変容している。『死霊館』 シリーズでは、神と悪魔、つまり善と悪の二元論によって世界を分けているが、善人も時空が変われれば、容易に悪人に堕ちることを示唆する。悪魔は誰の心でも、たとえ善人の魂をも住処にしうる。

★信じていたものが変容する恐さ
 『死霊館のシスター』は、空間の揺らぎによって、信じていたものが信じられないものへと変容するから恐い。悪人が悪魔に堕落するのは予期できなくはないので、それほど恐くはない。しかし、神に仕える神聖な存在として敬われている聖職者が、魔物に変わっているのを知った時の衝撃は、はかり知れない。人間は、「清く、正しく」を絶え間なく強いられると、抑圧されて逆に悪魔に魅入られやすくなるのかもしれない。シグムント・フロイトもそういう抑圧の現象を研究して、精神分析の基礎を築いている。
 他の 『死霊館』 シリーズ同様、『死霊館のシスター』 も出演者には美しい人が多い。特にシスター・オアナを演じるイングリット・ビスのキュートな美形ぶりには目を見張る。ルーマニア出身だそうだが、ルーマニアはRomânia(ローマ人の国)と書くので、ラテン系民族であり、映画向きのヴィジュアルな容姿を持つのもうなづける。美しく好ましい人が、悪魔に侵略される時、おぞましさと恐怖が余計引き立つ。
 『死霊館のシスター』の恐怖は、揮発性ではなく、後を引く。今年のような酷暑向きの映画であるが、魔除けが欲しくなる。『死霊館のシスター』を見た人は、ロザリオ(十字架のペンダン)を身につけて悪魔から身を守りたくなるだろう。

©2018 J. Shimizu. All Rights Reserved. Aug 29 2018

(C)2018 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.


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