『小学校~それは小さな社会~』


©Cineric Creative/Pystymetsä/Point du Jour 20
『小学校~それは小さな社会~』
The Making of a Japanese
2023年・第36回東京国際映画祭「Nippon Cinema Now」部門で上映
2023年製作/99分/日本・アメリカ・フィンランド・スイス合作
オフィシャルサイトhttps://2023.tiff-jp.net/ja/lineup/film/3605NCN05
監督 山崎エマ

小学校~それは小さな社会』———貴重なドキュメンタリー
                                  清水 純子

 東京都世田谷区塚戸小学校の1年生と6年生の1年間を追ったドキュメンタリーである。1年前の2022年8月28日「ノーナレスペシャル『わたしの小学校~“新しい日常”1年の物語~』(国際共同制作 NHK / Cineric Creative)としてTV放映された映画版といえる。

『小学校~それは小さな社会』は、コロナ禍に直面した日本の公立小学校の日常生活を児童と教師の二つの立場から追った貴重な映像である。なぜ貴重なのかといえば、コロナ禍という前代未聞の混乱した状況における教員と児童の奮闘する生の姿が描かれているばかりでなく、正直に脚色ない学校生活が記録されているからである。学園ものは映画において人気のジャンルであり、『ハリー・ポッター」シリーズ、『ビバリーヒルズ高校白書』、『小さな恋の物語』、『スクール・オブ・ロック』、『セッション』、『学校の怪談』、『二十四の瞳』、『坊ちゃん』等、枚挙にいとまがない。しかしこれらのヒット作はすべてフィクションであり、台本があって役者が演じるつくりものである。それに対して『小学校~それは小さな社会』は、脚本も演技もないリアルな日本の小学校の一つの姿をカメラがとらえている。

ドキュメンタリーは、「虚構(フィクション)を加えずに実際の記録に基づいて構成した、記事・小説・映画・放送番組」を指すので、生の姿が録画されて当然だと思うかもしれない。しかし、学校というところは、ある意味で保守的で擁護的であって当然とされている。特に最近は一般的に個人情報の守秘義務が以前にもまして強調され、児童およびその保護者の権利と主張が尊重されるそういった集団の実態をつつみ隠さず公にして、誰もが見れる永久保存の映画という形にまとめることはとてつもない苦労と困難が伴う作業であったと推察される。その意味でこの映画は、前代未聞の偉業に着手して成功している。

山崎エマ監督へのインタビューによれば、制作に9年かかり、お役所やNHKの協力を得るまでたいへんな苦労があった、さらにカメラが小学校の教室、教員室、校庭、そして児童の家庭にまで入り込み、関係者は明瞭な音声を確保するためにピンマイクをつけて対応する状態が1年間続いた。撮影に関して、小学校教員の了解は当然ながら、児童および児童の家族の了承も丁寧な事前の面談によって得た。スタッフの労力はもちろんのこと、撮影に協力した児童とその家族、教職員の面々の忍耐には頭が下がる。
この映画には楽しい和気あいあいの場面だけでなく、隠しておきたい、ふつうはあまり見られたくないような場面も登場する。新一年生歓迎演奏のティンパニ担当の女子生徒は、オーディションに合格して喜ぶが、練習が足りないと先生に叱られて涙ぐむ。家と学校での特訓と先生の励ましによって、勇気と自信を取り戻して入学式当日には笑顔が戻る。終始登場するゆうたろう君もおちゃめでやんちゃな側面を披露して、時々先生に注意される。運動会の徒競走で一等賞をとりたい奏人君は、三等に終わったけれど、見事な通信簿が公表されて面目躍如ということか! 
先生同士の教員室でのなかなか聞けない会話も披露されている。職員会議での発言、机を並べている先生同士の会話――「さっきのあなたの授業うるさかったわよ?」と苦情を言われて「すみません、気をつけます」と素直に謝る先生。卒業式を無事終え、一人男泣きする男性教師、その彼の下校時に夕暮れの街を歩くその素顔を追う。

山崎監督は、英国人の父と日本人の母を持ち、小学校教育を日本で受けた後、インターナショナルスクールを経てアメリカの大学を卒業し、夫はアメリカ人である。日本と海外を行き来する監督は、日本人としてのアイデンティティは小学校によって培われたことに思い至り、日本の小学校教育を世界に知らせたいと思ってこの映画を作ったという。
多くの人々がこの映画には出演するが、主役はあくまで「小学校である」と語る。
ナレーションのない『小学校』は、日本社会の基盤を形づくる公教育の場である小学校の姿を特定の意図や主観を含まない客観的描写として披露しようとする。掃除当番や給食配膳、委員会活動や行事を通して児童らに学校運営の中での役割が与えられるが、こういうやり方は日本特有だとされる。規律と規則を守ることの大切さ、集団で行動し、互いに寄り添って助け合いながら、オーケストラの演奏のような社会を理想とする日本の集団主義の強さ、そしてそれゆえに個を押し出せず、殻を破ることをよしとしない弱点もこの映画は暗示している。

『小学校~それは小さな社会』は、世界の中の日本という位置づけを無視できないグローバル時代にふさわしい、日本人とは何かを問う日本紹介の優れたドキュメンタリーである。プレスパスの試写会にも多くの外国人観客の姿が見えたことは、日本が世界の視線にさらされ、開示される未来を示している。

 ©2023 J. Shimizu. All Rights Reserved.  5November 2023


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