修道士は沈黙する(横田)

 

タイトル表記 『修道士は沈黙する』 原題:Le confessioni
配給表記 配給:ミモザフィルムズ
公開表記 2018 年 3 月 17 日(土)より Bunkamura ル・シネマほか全国順次ロードショー

監督・原案・脚本:ロベルト・アンドー 出演:トニ・セルヴィッロ/ダニエル・オートゥイユ/コニー・ニールセン/モーリッツ・ブライプトロイ/マリ=ジョゼ・ クローズ 2016 年/イタリア=フランス/イタリア語・仏語・英語/カラー/108 分/シネスコ/ドルビーデジタル 原題:Le confessioni /字幕:寺尾次郎 配給:ミモザフィルムズ 後援:イタリア大使館/在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本 特別協力:イタリア文化会館 協力:ユニフランス shudoshi-chinmoku.jp

<作品概要> バルト海に面した高級リゾート地ハイリゲンダムで開催される G8財務相会議の前夜、国際通貨基金専務理事のダニ エル・ロシェは各国の財務相に加えて、異色の3人のゲストを招いて自分の誕生祝いを開催する。会食後にロシェは ゲストの一人、イタリア人修道士ロベルト・サルスを自室に呼び、告解をしたいと告げる。翌朝、ビニール袋を被っ たロシェの死体が発見される。自殺か他殺か?告解を受けたサルスは口を噤む。警察の極秘捜査が続けられる中、発 展途上国の経済に大きな影響を与えかねない重要な決定を発表する記者会見の時間が迫ってくる。各国財務相の政治 的駆け引きに巻き込まれたサルスは、ロシェの葬儀で自らの思いを語り始める。「ローマに消えた男」のロベルト・ア ンドー監督が、再びトニ・セルヴィッロと組み、ダニエル・オートゥイユ、コニー・ニールセンら国際的俳優を起用 した、形而上的ミステリー。

 

©2015 BiBi Film-Barbary Films

 

 

『修道士は沈黙する」ー難題に挑んだ意欲スリラー劇


                           横田 安正

 イタリアの鬼才ロベルト・アンドー監督は“物質主義vs 精神主義”という図式的には超シンプル、哲学的には超難解なパズルを映画という表現手段で解こうと試みた。結果はどうか?観客の心を鋭く射抜く映画を作ったことで彼の願いは充分に達成された、と筆者は評価したい。

 ドイツ、バルト海の景勝地ハイリゲンダムの空港に白衣に身を包んだイタリア人修道士ロベルト・サルス(トニ・セルヴィッロ)が降り立った。リゾート地きっての高級ホテルで開かれるG8 財務相会議に何故か招かれたのである。迎えを待つ間、ICレコーダーを取り出すと「天国の天使が自らの努めを怠るとき主は天使を永遠の暗い部屋に閉じ込める」と吹き込んだ。G8の会議は内密の集まりで、貧富の差を残酷なまでに拡大させ、発展途上国に壊滅的な打撃を与える案が決議される予定であった。この案を主導したのが天才的なエコノミストとして知られるIMF(国際金融基金)の専務理事ダニエル・ロシェ(ダニエル・オートゥイユ)である。ロシェは修道士だけでなくカナダの女性絵本作家クロール・セス(コニー・ニールセン)、アメリカのロック歌手マイケル・ウインツェル(ヨハン・ヘンデンベルグ)も招いていた。ロシェが内密の重要会議の席に全く関係の無い部外者を3人も呼んだのは何故か?その疑問は徐々に解かれて行く。

 会議の前夜、ロシェは自室に修道士を呼び入れた。告解をしたいと言うのである。奥まった小さな部屋で2人の会話が続いた。内容は観客には明かされない。しかし翌朝、ロシェがビニール袋を顔にかぶり窒息死しているのが見つかり、ホテルは大混乱となった。自殺なのか、他殺なのか?ビニール袋が修道士が鳥の囀りを録音するために持ち歩いていたICレコーダーを入れていたものであったことが分った。またロシェの部屋にはサルスの著作が置かれてあり「自分の死をもたらしても、他者を救うための行為ならは自殺ではない」との部分にアンダーラインが引かれていた。当然のように修道士に嫌疑が向いた。しかし彼は自己弁護はせず固く口を結び沈黙を貫く。告解の内容は絶対に外部に漏らさないというカルトジオ修道会の戒律を守るためである。

 財務相会議のメンバーたちが最も恐れたのは、会議の内容がサルス修道士に伝わったのではないかということだった。これが外部に漏れれば世界的なスキャンダルになるからである。真相を追求するため執拗な尋問が続くがサルスは口を開かない。絵本作家、ロック歌手もそれぞれの立場で修道士に接触する。G8とはフランス、アメリカ、イギリス、ドイツ、日本、イタリア、カナダ、ロシアであるが、大臣一人ひとりに綿密な性格付けがなされており、寡黙な修道士との会話で彼らの内面が徐々にあぶり出されて行く。会議は決して一枚岩ではなかった。大臣のなかには決議に反対する者もおり、内心思い悩んでいる者もいた。また、ロシェの告解の内容は修道士の口からではなく回想シーンとして(つまり監督の視点から)少しずつ明らかになって行く。ロシェは末期癌にかかっており、エコノミストして辣腕を奮って来たことに内面の葛藤があったのである。ロシェはサルスにある難解な数式を見せて「この数式を操れば世界経済はどうにでも思いのままに操作できる」と豪語した。サルス修道士の前身が数学者ということも明かされ、この数式のもつ意味を完全に把握出来たことも示される。しかしロシェは決議の内容についてはサルスに伝えてはいなかったようである。

 何よりもサルスを演ずるトニ・セルヴィッロの演技が素晴らしい。目に悲しいほどの慈愛と神に仕える凛とした覚悟をたたえた重厚な演技は観る者を圧倒する。

 日本の財務大臣(伊川東吾)はそれほど見せ場はないが、1つだけ朝の散歩でサルスと会話するシーンがある。「ファーザ―、貴方の沈黙は我々東洋人にしか分からないのではないでしょうか?」。それを聞くとサルスはいきなり白衣を脱ぎ捨て始める。「何をしてるんですか?」という声を無視して半裸になった修道士は海に入って行く。監督は何も説明していない。筆者の勝手な想像だが、修道士は日本人の歯の浮くようなセリフに心身が汚されたように感じ、発作的に海に入り沐浴したのではないか?

 この作品で重要な役割を果たすのが、“鳥の声”と“猛犬”である。修道士は富を得るために人の道を外れることを戒め、代わりに鳥の声に耳を澄ませと説く。これは清貧を説き、小鳥に説教した聖フランチェスカに由来すると云われる。猛犬はドイツの大臣が常に帯同しており、周囲に気を配って主人を守る不気味な存在である。

 修道士に対する包囲網は急速に縮まり、逮捕、あるいは暗殺の危機が迫って来る。彼を助けようとするのはカナダの絵本作家であった。彼女はサルスの精神性に惹かれ、彼を危険から守ろうと決心する。特殊部隊が修道士禁固に向かったことを知った彼女は間一髪サルスを自分の部屋に引き入れ、命を救う。すぐ身を隠すように説得する彼女にサルスは「神に心を託している以上、私は自由だ。何も恐れない」と言い、緊迫した会議の場に自ら姿を現すのである。一気に高まる緊張。忌まわしい殺気に真っ先に反応したのは猛犬ロルフだった。激しい唸り声を発するや出席者たちに猛然と襲いかかる。飼い主もまったく制御不可能だ。しかし、修道士の前に来るとお座りし恭順の意を表す。犬の頭に優しく手をやる修道士。ここで全体の雰囲気はがらりと変わる。会議は本部の司令で遂に決議を断念するのである。猛犬を手なずけるシーンは、荒野でライオンの棘を抜いた聖エロニムスを連想させると云われる。

 ロシェの棺の前に人々が座り葬儀が行われた。サルス修道士は自らの思いを切々と語り始める。やがてICレコーダーを取り出すとコロンビアに生息するという珍しい鳥の声を人々に聞かせる。すると、鳴き声に合わせたように彼らの頭上に南米の鳥が現れ、海に向かって飛んでゆく。呆気にとられた参列者は一斉に鳥の姿を追う。我に帰った時、修道士の姿は消えていた。人々は辺りを探し回るがその姿はなかった。サルスは鳥の姿となって消えたのか?感動的ではあるものの、それまでリアリズムに徹してきた監督がいきなりファンタジーのトリックに走ったのかと筆者は一瞬疑義を持った。しかし次のシーンで胸をなでおろすことが出来た。サルス修道士が猛犬を従えて海岸の歩道を歩いていいたのである。サルスは犬に語りかける。「お前の名は“ロルフ”だったな。これからは“ベルナルド”にしなさい」。

この映画で特筆すべきは撮影監督マウリッツオ・カルベージの美しい映像と、ニコラ・ビオヴァーニの素晴らしい音楽である。特にシューベルトの曲を有効に使った。修道士が犬と去ってゆくラストシーンで流れるピアノ曲“音楽の時”の美しさ!そしてロシェが納棺されるシーンでは「冬の旅」24曲目の“辻音楽師”が切々と哀感を盛り上げる。

 この映画は極めて単純な勧善懲悪ものであり、世界を牛耳るエコノミストを悪とし、神に仕える修道士を善とする。資本主義自体がキリスト教の倫理から生まれたもので、宗教と対立させるのは不合理だという意見もあるだろう。しかしアンドー監督は“現在の経済は一連の破綻騒ぎを経て、経済信仰の教義を見直さざるを得ない危機的状態にある。経済はもはや科学ではなく神学が扱うべき対象である」という考えの持ち主なのだ。
 また宗教論議についても高踏的な態度をとったり難渋な表現で観客を煙に巻いたりすることもない。問題に実直に向き合っていることが心地よいのである。とにかく、日本の映画人では考えられない発想で映画を作るロベルト・アンドー監督の創意・工夫には感服せざるを得ない。それにもまして、ギリギリの映画表現の可能性に挑戦し、それを見事に達成させる映画人魂に拍手を送りたい。

 

©2018 A. Yokota. All Rights Reserved. March 2018

 

©2015 BiBi Film-Barbar

 

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