ソリータリー・マン


『ソリタリー・マン』--若さと物質的成功のアメリカン・ドリーム
                
                        清水  純子


『ソリタリー・マン』(Solitary Man)は、アメリカン・ドリームについて考えさせる映画である――若さと物質的繁栄を武器にして世界に君臨する超大国アメリカは、極端な価値観を持つ国ではないか、アメリカン・ドリームは、一夜にして王様を道端の乞食に変身させる悪夢ではないのかと。

還暦間近のベン・カルメン(マイケル・ダグラス)は、雑誌の表紙を飾る人もうらやむアメリカン・ドリームを達成したエリートだ。
やり手のカー・ディーラーのベンは、詐欺事件にからんで信用を失ったが、腕を買われて再就職に誘われていた。
しかしベンの再起を阻み、奈落に突き落とすのは、ベン自身の若さと物質への過度の執着心である。
恋人ジョーダンの娘アリソンの大学入学に手を貸したベンは、この 19 歳の娘に誘惑されて一夜を共にする。
アリソンの祖父が財界の有力者であったことから、ベンの再就職の話はつぶされ、ベンは暴漢によって町から追い出される。
地位も名声もお金も失ったベンを慰めるのは、別れた妻ナンシー(スーザン・サランドン)である。
「若い娘と寝たところで、若さは戻らないわ」、「誰でも年をとれば人から忘れられていく」、「年をとることをあなたも受け入れなければいけない」と諭すナンシーの車に乗ろうとベンがベンチから立ち上がるところで映画は終わる。
Nancy:But you can’t cheat death, Benny. Nobody can, no matter how many nineteen-year-olds, gynes , you talk into your bed.
Ben: I know that. I know that now.
ナンシー:でも、死をごまかすことはできないわ。そんなこと誰にもできない。19歳の女を何人くどいて寝てもそれは無理よ。
ベン:わかっている、今はそれがわかっている。

女性を次々とハントすることが若さと男性性の証だと信じるベンは、常にお金持ちで若くなければならなかった。
豪華なバーで目をつけた女性にカクテルを奢って甘い言葉をささやけば、ベッド・インに持ち込むのはベンにはたやすいこと!
美女の注視のもとで、孫に「おじいちゃん」と呼ばれて、あわてて娘と夫婦を演じてごまかすベン、医師に「いつ見ても相変わらず男前ですね」と褒められ「小細工の結果ですよ」と虚栄心を満足させるベンであった。

しかし「英雄色を好む」を地でいくベンが許されてきたのは、ベンの属する社会の許容範囲内で行われてきた情事だったからにすぎない。
母親に復讐するかのようにベンとの情事を吹聴する小娘によって、ベンは足をすくわれ、社会的に抹殺される。
お金があればすべてを許すかに見えたアメリカ社会の見えざる掟に裁かれたベンは、無一文の根なし草である現実を突きつけられる。
若さも経済力も失ったベンの前に、かって見たアメリカン・ドリームは悪夢となって立ちはだかる。

ベンと対照的なのは、小さなスナックを営む旧友のジミー(ダニー・デヴィード)である。
ベンのような才気も虚栄心も持たないジミーは、お金目当ての美女も年を取ることを知って、老妻を大切にして生きてきた。
ジミーは、アメリカの夢に無縁なので、その夢に裏切られることはない。ベンは、夢見る能力に恵まれたために、逆に悲劇に見舞われたのではないか。
ベンの没落の元になった女性遍歴は、数年前に始まった――健康診断で心臓の不整脈を告げられ、もはや若くないことを突きつけられた時から始まった。
アメリカン・ドリームの達成と維持に老いは不利なので、ベンは焦ったのである。

元妻の援助を糧にベンは再起するのか、このまま終わってしまうのか。映画は結論を出していない。
あなたはどちらの生き方を好むだろうか?ベンか?それともジミーか?
中年男の悪あがきを演じたら天下一品のマイケル・ダグラスが、アメリカの夢に敗れた男の孤独と哀愁を説得力あるものにしている。
アメリカの夢に隠された暗部をさりげなく映しだした『ソリタリー・マン』は、地味だが考えさせる映画である。

公式ページ http://www.finefilms.co.jp/solitary/

監督|ブライアン・コペルマン/デイヴィッド・レヴィーン
出演|マイケル・ダグラス(Ben Kalmen) 
メアリー=ルイーズ・パーカー(Jordan Karsch)
ジェンナ・フィッシャー(Susan Porter) 
ジェシー・アイゼンバーグ(Daniel Cheston)イモージェン・プーツ(Allyson Karsch)

製作年|2009年 製作国|アメリカ 配給|ファインフィルムズ

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