セルフレス

(C)2015 Focus Features LLC, and Shedding Distribution, LLC.

『セルフレス:覚醒した記憶』(原題 Self/Less
製作年 2015年 / 製作国 アメリカ / 配給 キノフィルムズ / 上映時間 117分 / 映倫区分 G
オフィシャルサイト : http://www.selfless.jp/
スタッフ : 監督ターセム・シン/ 製作ラム・バーグマン, ジェームズ・D・スターン、ピーター・シュレッセル、リア・ブーマン
キャスト:ライアン・レイノルズ: 若いダミアン/マーク :ベン・キングズレー/ ダミアン :マシュー・グードオルブライト/ ナタリー・マルティネス: マデリーン/ ミシェル・ドッカリー: クレア/
2016年9月1日(木)よりTOHOシネマズシャンテ他にてロードショー

『セルフレス:覚醒した記憶』―新しい肉体に古い頭脳を転送                      
              清水純子

古い肉体を脱ぎ捨て、新しい体に衣替え?
もしも癌で余命半年と宣告されたら、あなたはどうする? 
普通の人間は、神が下した宿命におとなしく殉じるしかない。しかし、癌に侵された古い肉体を脱ぎ捨てて、頭脳だけを健康な新しい肉体に転送する方法があるとしたら、選ぶだろうか?
肉体は滅びても、自分を自分自身であると認識させ、識別させる頭脳は永遠に生き続けることができる。次から次へと新しいボディに頭脳を転送し続ければ、自分は不滅の生命が得られるかもしれない。こんなSF仕掛けの取引きが可能だとしたら、どうなる?

代のファウスト博士ダミアン
ダミアンは、「ニューヨークの建築王」と呼ばれる成功者だが、68年の生涯は癌のために数か月で終了予定である。それにもかかわらず、ダミアンは、恐れることも悩むこともなく、若者に悪態をつきながら余裕しゃくしゃくとしている。大金持ちのダミアンは、天才的科学者オルブライトとある取り引きをしたので悠然と構えていられる。ダミアンは、クローン技術によって製造された若者の肉体を買い、病んだ自分の肉体の寿命が尽きる寸前に頭脳だけをこの新しい肉体に転送して、永遠に生き続ける計画に加担した。友人のオルブライト博士は、天才の頭脳がその肉体の死とともに消滅することは、人類にとっての損失だから防がなければいけないという信念を持っていた。
友人と高級レストランでのランチの最中に昏睡状態に陥ったダミアンは、予定通りにニューオルリンズのオルブライトのラボに運ばれ、転送装置に入れられてダミアンの脳は、若い見知らぬ肉体に乗り移る。目覚めたダミアンは、たくましいイケメンの若者になっていた。トレーニングのかたわら、新しい神経組織に慣れるまで、拒絶反応抑制の薬を渡されて飲み続けるダミアン。
方ダミアンの肉体の死は、ダミアンの社会的死を意味する。ダミアンの壮麗な葬儀は新聞をにぎわしたが、当のダミアンは若者エドワードの新しいアイデンティティを授けられた。預金はダミアン時代のものが名義変更でそのまま使えるし、若いイケメンのエドワードに生まれ変わったダミアンは、美女にもてもてである。まるで悪魔のメフィストテレスに魂を売ったファウスト博士が、買い戻した青春を謳歌するようにバラ色の日々を過ごしていた。ところが遊びすぎてうっかり薬を飲み忘れたダミアンは、奇妙な幻覚に悩まされる―――戦地の光景、特殊部隊の訓練、独身のはずなのに「パパ」と駆け寄る幼い女の子に母親らしき若い女マデリーンの姿。不思議に思ったダミアンは、セントルイスを訪ねて、幻影の光景が実在していることを確かめる。エドワードと名付けられた肉体は、実はマデリーンの夫で特殊部隊の兵士マークのものであった。マークの肉体は、難病に苦しむ幼い娘の医療費工面のために提供されたのである。新品ではなく、中古の肉体に転送されたダミアンの頭脳は、宿主マークの記憶を徐々に取り戻していく。トリックを見破られてダミアンの操縦をしくじったオルブライトの組織の一味は、ダミアンとマークの妻子を抹殺にかかる。次第にマーク化していくダミアンは、マデリーンと娘を命がけで守る。

自分(self)ってなに?
ダミアンの優れた頭脳はマークに転送されたが、マークの強靭な肉体と運動能力、マークの記憶も新しい肉体には残されていた。ダミアンと呼ぼうか、あるいはマークと呼ぶべきか、二人の男の合体した存在を、仮にダミアン・マークと呼ぶことにしよう。ダミアン・マークという男の誕生は、自己(self)とは何なのかという問いを投げかける。自分を自分であると規定するキーワードには、「アイデンティティ」という言葉がある。「アイデンティティ」とは、「自分が自分である理由、自分を自分ならしめているもの」という意味である。肉体的に「自分」を成り立たせる要素としては、自分の外見、自分の性格や考え方や知識や信じるもの、自分の職業、自分の家族、自分の友人、自分の持ち物、自分の過去、自分の趣味、自分の国籍や所属、などがある。「自分」(self)とは、自分だけで成立する概念ではなく、何かとあるいは他のものや人と比較しないと規定できないようである。自分が自分であるという認識、つまりアイデンティティは、自分の外のものの中にあって初めて成り立ち、客観性を持つ。

天才オルブライト博士の誤算――セルフレス(自己のない)人間の誕生
自分の脳の優秀さを過信する天才のオルブライト博士は、人間は脳によってのみ成り立つと考えていたに違いない。それだから、ダミアンの脳をマークに転送すれば、肉体はマークであってもダミアンは生き続けると早合点した。しかし、自己(self)が成立するためには、自分の外見はもちろん、家族や友人、職業などの自分を取り巻くものが必要である。ダミアン・マークの場合、脳はいちおうダミアンであっても、外見はマークであるので、まわりの反応がダミアン時代とは異なり、ダミアンのアイデンティティは社会性という点で保持されない。さらにオルブライト博士にとって計算外にマークの記憶が蘇ってしまったために、マークの家族や職業、故郷などのマークの所属するものがダミアンにとりつき、二人が合体した人格ダミアン・マークを誕生させてしまった。
ダミアンも自分本来のアイデンティティを一部失い、マークも元のアイデンティティを変更させられたので、二人の男が同時に自分(self)を失って「セルフレス」(selfless)になってしまった。
天才科学者のオルブライト博士には、人間は社会的生き物であり、社会の中にあって初めて「自己」(self) を確立し、認識できるということがわかっていなかった。「自己」(self)とは、脳だけで成り立つものではなく、社会的位置づけがなければ客観性を持ちえない、本質的に観念的概念にすぎないということを理解しないためである

モラル
他人の肉体を借りても、あるいは奪ってでも、永遠に生き続けたいという不老不死を科学の力でかなえようとする欲望に対して、映画は歯止めをかけている。脳の転送はうまくいっても、薬を飲み続けなければ、拒絶反応によって転送されたダミアンの人格は消えていく。実在したマークの肉体を借りて、マークの家族を目の前にしたダミアンは、ダミアン・マークであることをやめてマークに戻るよう決心したように見える。ダミアンの転送された脳と人格は生き続けることはなく、いずれ死ぬであろう。ダミアンの脳の転送成功を確実にして正当化するオルブライト・チームの人間をダミアン・マークは大量に残酷に殺してしまった。自然に反することは多くの者を犠牲にしても成功しない、と映画は語っている。だが、この映画のやさしさは、家族のために自分を犠牲にしたマークという男を復活させて、家族ごと幸福に戻してあげたところにある。

©2016 J. Shimizu. All Rights Reserved. 2016. Aug. 10


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