The Informer 三秒間の死角(清水)


『The Informer 三秒間の死角』(原題:The Informer)
2019年製作/113分/G/イギリス・アメリカ・カナダ合作配給:配給:ショウゲート
オフィシャルサイト
スタッフ:監督アンドレア・ディ・ステファノ / 製作ベイジル・イバニク他/製作総指揮ジョナサン・ファーマン他/原作ベリエ・ヘルス トレム&ベリエ・ヘルストレムの『三秒間の死角』/
キャスト:ピート・コズロー:ジョエル・キナマン/ FBI捜査官ウィルコックス:ロザムンド・パイク/FBI上司モンゴメリー:クライヴ・ オーウェン/ピートの妻:アナ・デ・アルマス/NY市警グレンズ:コモン/
2019年11月29日 TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー


TheInformer 三秒間の死角』――スリリングな秀作ライム・サスペンス
                      清水 純子
                                                         
 『The Informer 三秒間の死角』はスリリングなクライム・サスペンスの秀作である。手に汗握るストーリーの展開といい、観客を退屈させず、めまいを起こさせない適切なテンポのカメラワークも見事で、疲れさせることなく最後まで観客の眼をスクリーンにくぎ付けにする。


★原作は北欧の『三秒間の死角』
 内容も映像も近頃稀な秀作映画、シナリオは誰が書いたのだろう?と思ったら、立派な原作が存在していた。最近の小説離れの傾向は映画にもおよび、映画スタッフの書き下ろしシナリオの映画化、あるいは小説ならぬアニメの実写化がもてはやされる時代であるが、本作のような秀作映画の背後には小説が提供する確固たる物語が根を張っていた。
原作は、英国推理作家協会賞およびスウェーデン最優秀犯罪小説賞を受賞したスウェーデンのアンデシュ・ルースルンドとベリエ・ヘルストレムの『三秒間の死角』である。作家・ジャーナリスト・レポーター・TVマンのアンデシュ・ルースルンドが、刑務所のドキュメンタリー制作中に、犯罪者として服役した経験から刑事施設・更正施設評論家になったベリエ・ヘルストレムの協力を得て執筆したのが、この北欧ミステリの最高峰である。受刑者の視点から刑務所を物語るドキュメンタリー風小説は、日本でも先日亡くなった阿部譲二の『塀の中の懲りない面々』があるので、作品の傾向は異なっても日本人も興味が持てる。

★FBIの餌食にされたピート
 この映画は、一言で言えば、刑務所で服役中のピート・コズローが無理やりFBIの情報屋にされたあげく、FBIの裏切りによってあわや葬られんとする物語である。
模範囚のピートは、FBIに目を付けられ、仮出所する代償に情報屋としてマフィアに潜入して、ボスの「将軍」の取引現場にFBI捜査官ウィルコックスを導いて組織を破壊する任務だった。ビートはこの時点で二重スパイを余儀なくされるが、マフィアの仲間が銃殺した取引相手が実はNY市警の潜入捜査官だったため、話はさらにややこしくなる。マフィアのボスの命令によってピートは、刑務所に戻らされ、務所内の麻薬取引を仕切ることになる。しかし捜査官を殺されたNY市警グレンズに疑いを持たれたピートは、自己保身をはかるFBIのモンゴメリーに切り捨てられる。ピートは、頼りにしていたFBIばかりでなく、マフィア、NY市警、刑務所の看守すべてから命を狙われることになる。ピートの事情を知る美しい妻も幼い娘も、餌食にされつつある。
逃げ道をふさがれたピートは、力をふり絞って反撃を開始する。映画が爽快なのは、ピートが知恵と勇気によって絶体絶命の危機から、三秒間の死角を狙って脱出しようとするところである。ラストシーンは、ピートが果たして逃げきれるのかどうか明らかにしていないが、運命の女神はピートに微笑みかけている。ピートのその後は次回作に続くのではないかと思わせる。

★組織に頼らず個で勝ち抜く男気
まじめで、有能で、妻子思いのピートがなぜこんなひどい目に会うのかは明らかでないが、ピート個人の資質は別にして、ピートが社会的弱者の立場にあるからだと映画は暗示する。ピートは、貧しい移民であり、強固な社会的立脚点を持たないポーランド系アメリカである。刑務所に入ることになったのも、警察を信用したばかりにトラブルに巻き込まれ、犯罪者に堕ちてしまった。刑務所では真面目に更生につとめていたにもかかわらず、その能力を逆手に取ったFBIに利用されて捨てられた。ピートのような社会的弱者は、先住民である強者に搾取されて、都合が悪くなると廃棄処分される身の上である。弱肉強食は動物の世界だけではなく、人間の世界でも堂々と行われている。ポーランド・マフィアは、弱者が不法な手段によって生存する組織であるが、そこでも移民のポーランド系は食い物にされる。ピートのような獲物を虎視眈々と狙う猛獣が徘徊するNYは、守ってくれる砦を持たない弱者には環境が悪い。
 しかし、そういった悪環境の中で、ピートは組織を見限って、自分個人の力で脱出を試みる。その勇気が独立心を尊ぶアメリカ人の琴線に触れる。ピートのこの男気こそがグローバルにヒーローとして支持される。映画のポスターの真ん中で、ただ一人険しいがまっすぐに前を直視するピーターの姿が、その生きざまを示している。

役者陣の魅力
 この興味深い映画を支えるのは、原作を始めとするスタッフの力に加えて、出演俳優の魅力が大きくものをいう。

ジョエル・キナマン(ピート役)
 スウェーデン・ストックホルム出身、名門スウェーデン・アカデミック・スクール・オブ・ドラマを卒業後、2002年に俳優としてスタート。キナマンは、日本ではまだ知られていないが、確かな演技力と存在感のイケメン男優である。癖のない好感度の高い容姿なのでどのような役柄にもフィットする。今回は、アメリカの底辺で苦労する労働者階級の日陰者を演じたが、歴史上の王侯貴族、アクションの多い悪役からロマンチックな恋人まですべてをこなせる幅がある。伸びしろの大きいキナマンの今後の活躍が楽しみである。

 

アナ・デ・アルマス(ピートの妻
 キューバ・ハバナ出身のデ・アルマスは、キアヌ・リーブスの「ノック・ノック」(2015)や「ブレードランナー 2049」に出演している。日本での知名度は高くないが、驚くほどの美貌と圧倒的な愛くるしさである。まるでスペインの人形に命が吹き込まれたようである。綺麗なのにツンとしていなくて親しみやすく、現代的なのでハリウッドでも活躍できるタイプである。今回はキナマンと共に汚れ役を演じたが、このカップル役は、背景を変えれば、御伽噺の王子と王女で通る理想的美男美女である。観客の眼を楽しませるアルマスもますますの活躍が期待される。

(NY市警グレンズ)
 敏腕NY市警を演じるコモンは、シカゴ出身のミュージシャンである。ヒップホップの第一線で20年近く活躍してきた。すらりとした精悍な容姿で存在感を示すコモンは、映画のスクリーンとも相性が良い。この映画以降映画界においても注目されることだろう


ロザムンド・パイク(FBI捜査官ウィルコック
 『ゴーン・ガール』で有名なパイクは、今売れっ子である。『プライベート・ウォー』、『荒野の誓い』など出演作が立て続けに公開される。理知的で正統派のイギリス美人パイクも役柄の幅は広いが、今回のようなFBI捜査官の役が一番彼女の良さを引き出して素敵である。FBIの冷血な上司ウィルコックスの命令とピートとの約束の板挟みになって悩みながら、叡智を発揮してピートとの約束を果たすウィルコックスには共感を覚える。組織を裏切らずにうまく利用して、勧善懲悪の成果を出すウィルコックスには拍手である。

 

クライブ・オーウェン(FBI上司モンゴメリー)
 英国名門の王立演劇アカデミー出身のオーウェンは、「クローサー」、「キング・アーサー」、「エリザベス:ゴールデン・エイジ」、「インサイド・マン」、「トゥモロー・ワールド」ですでに有名。ジェームズ・ボンドの候補になっただけあって長身でダンディである。オーウェンの魅力は、その演技力にあることは言うまでもないが、茶目っ気たっぷりのいたずらっ子のような眼、情感豊かな目の表情にあると思う。人懐っこいそのまなざしが、端麗な容姿の持ち主にありがちな冷たさを排除している。今回は悪役だったが、彼のキャラがFBI高官の裏切りの後味の悪さを緩和している。


ストーリーの面白さに加えて、魅力的な役者の活躍する『The Informer 三秒間の死角』 は、見て損のないお勧めの秀作である。


©2019 J. Shimizu. All Rights Reserved. 14 Sept. 2019 

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