トリプル9 裏切りのコード

(C)2015 999 Holdings, LLC

『トリプル9 裏切りのコード』
原題 Triple 9   製作年 2016年  製作国アメリカ 配給 プレシディオ  上映時間 115分
映倫区分R15+
スタッフ: 監督 ジョン・ヒルコート/製作 キース・レドモン他
キャスト:ケイシー・アフレック:クリス・アレン/キウェテル・イジョフォー: マイケル・アトウッド /アンソニー・マッキー:マイケル・アトウッド/
アーロン・ポール:ゲイブ・ウェルチ/
クリフトン・コリンズ・Jr.:フランコ・ロドリゲス
公式サイト:http://999-movie.jp/
2016年6月18日(土)より ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー



『トリプル9 裏切りのコード』――アイデンティティ攪乱新型クライム・アクション
                
                                     清水 純子

『トリプル9 裏切りのコード』 は、登場人物のアイデンティティを攪乱する新型クライム・アクションである。
ジョージア州アトランタを舞台に,警察とギャング団の血で血を洗う抗争を描く。
登場人物の錯綜するアイデンティティは、アトランタ市警内部の腐敗、つまり警官のギャング団とのつながりの深さによって起こる。

警官とギャングの二種のアイデンティティの混在
警察内の汚職を描いたドラマは多いが、せいぜい警官がギャングに情報を垂れ流しにして、
犯罪に目をつぶる見返りとして謝礼を受け取る程度のものが多い。
それに対して 『トリプル9』 の汚職警官は、ギャングと結託するレベルではなく、ギャングそれ自身であり、ギャング組織に組み込まれている。
一つの組織に警官とギャングの二種類のアイデンティティを持つものの混在による混乱である。
有能な警官であると思ったら実はギャングの一味で、ギャングに見えて実は警官あるいは元警官という設定で、本当は警官なのかギャングなのか、どちらとも判別しがたい。
ざっと30人近いメイン・キャラクターが出てきて、その一人一人が正義と悪事の両方にかかわっている。
警察内部でもギャング組織においても、互いに味方に見えて実は敵、敵に見えて味方、
助けるように見えて殺す、殺すように見えて助ける、といった複雑怪奇な裏切りのコードが目にとまらぬスピードで展開する。


a. 黒人マーカスとマイケル
アトランタ市警ギャング対策班所属の警官マーカスは、同時にギャングの一味であるが、素性を隠して犯罪現場にあるときは警官として出動し、あるときはギャングとして出没する。
マーカスは黒人だが、同じ黒人でギャングのリーダーのマイケルとよく似た風貌で、髪型も服装も似通っていて、時と場合によっては区別がつきにくい。
このようなまぎらわしい見かけにするのは、意図的であろう。
警官と犯罪者のアイデンティティの攪乱と錯綜状況をリアルに語るためだと思われる。


b. ゲイブ
マイケルの下で働く白人ギャングのゲイブも、元警官だが、ドラッグやアルコールに溺れて精神的に問題を抱え、現在はギャング組織内でも厄介者扱いになっている。
ゲイブが犯罪者に落ちて一連の悪事にかかわっていたことが警察内部で判明するのは、映画の終盤であるが、「やっぱり」という感覚で受け止められる。内部に現役で二股をかけている警官が多数存在するからである。


c. 悪徳警官兼ギャングのフランコ
一番あくどい印象を与えるのは、アトランタ市殺人課の警察官にしてギャング兼業のフランコである。
フランコは、警察でもなかなかの顔だが、かっとなると危険な性格で、ギャングのリーダーの黒人マイケルと対立し、親切面をして冷酷に仲間の警官を不意打ちで射殺し、涼しい顔をする。

ここまで警官が堕落してしまったら、もう打つ手がないと思わせる職務上モラル上のアイデンティティの混乱と堕落ぶりである。しかし、負けたように見せておいて、最後には警察側がかろうじて面目を保ち、なんとか勝利する形に収まってはいる。

★女親分イリーナ:女優イメージの攪乱
ロシア系ギャング団の女ボスのイリーナは、金髪の美女だが、冷酷なアバズレである。
監獄にいる夫を救出するために、子飼いのギャング団のボスのマイケルの一人息子を人質にとって、アメリカ政府の施設を襲って資料を盗み出すよう脅迫している。
イリーナの妹のエレナは、マイケルの愛人になっているが、イリーナはおもしろくない。
マイケルの息子をかわいがっているが、黒人を猿呼ばわりする傲慢で、ふてぶてしい女である。
蹴っ飛ばしてやりたくなるような、この嫌な女を演じているのは、あのケイト・ウィンスレット!
好感度の高い、イギリス美人の誉れの高いあのウィンスレットが、こんな役を演じるとは!
女優は化けるものであると驚かされる。観客は、ウィンスレットのイメージ・チェンジにとまどう。ここでも女優ウィンスレットの通常のイメージとしてのアイデンティティ攪乱が行われている。

★犯罪都市アトランタ
アトランタは、全米で有数の犯罪多発都市である。1990年代には全米一の危険な都市に選ばれ、とりわけ殺人の発生率が高い。
アトランタ市が凶悪犯罪の温床となっている要因は、貧困率と失業率の高さだとされる。
ギャング団を牛耳っているのは、黒人系であり、ヒスパニックであり、ロシア系のそれもユダヤ教徒の人々である。
彼らは、学校に行く余裕も自覚もなく、街中で仕事もなく、うろうろしている。
こんな環境だから、犯罪が生きる糧という悪循環は断ちきれない。
最初の方の場面で、ユダヤ教徒用の食肉kosher(コシェー、ユダヤ教の掟に従った食肉)の処理工場が出てくるのがおそろしい。そこで解体された血まみれの牛肉の肉片は、人間のそれを連想させるからである。

★トリプル9の意味
「トリプル9」 とは、警官にとって最悪のコード「999」を意味する。
職務中の警官が撃たれたことを知らせる暗号で、警察官は全員現場に急行しなければならない。
警察の非常事態を人為的に作り出して、「トリプル9」発動中のアトランタ市警の機能停止に乗じて、犯罪を遂行しようというギャングの計画に利用されてしまった。

★徹頭徹尾ハードボイルド
全く無駄のない、贅肉をそぎ落とした、センチメンタルなものが入りこむ隙のない本作は、究極のハードボイルドを体現している。
息をつく暇のないカー・レース、銃撃戦、ナイフによる格闘が続く。
そのスピード感、アップ・テンポのストーリーと場面展開は、新型のクライム・アクションである。
観客は、もたもたしていると取り残されてしまう。21世紀の映像はこういうものなのだと実感させる映画である。


©2016 J. Shimizu. All Rights Reserved.   20May 2016

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