ワイルド わたしの中の獣

(C)2014 Heimatfilm GmbH + Co KG


『ワイルド わたしの中の獣』(原題Wild
製作年2016年/ 製作国 ドイツ / 言語:ドイツ語/ 配給 ファインフィルムズ/ 上映時間 97分/
映倫区分 R15+/
スタッフ:監督ニコレッテ・クレビッツ/ 脚本ニコレッテ・クレビッツ/
キャスト: リリト・シュタンゲンベルク:アニア/ゲオルク・フリードリヒ: ポリス/ サスキア・ローゼンタール: ジェニー/
2016年12月24日より 新宿シネマカリテ他公開
オフィシャルサイト http://www.finefilms.co.jp/wild/


『ワイルド わたしの中の獣』――狼との不可解な恋愛

                                       清水 純子



 ドイツの田舎町で一人住まいの娘アニアは、几帳面で仕事ができて、職場でも重用されている。ヒモのような男を抱えて自堕落な毎日を送る妹を心配する模範的な姉だった。でも美人で勤勉なアニアには、なぜか恋人ができない。職場のボスでオーナーの中年男は、アニアに色目を使ってすり寄ってくるが、およびでない。アニアは、職場と殺風景なアパートを往復する毎日に、倦怠を感じていた。

 職場からバスに乗って帰路に着く途中の森で、アニアは野生の狼を目にする。狼の存在が気になったアニアは、狼の気を引くために、肉屋で大型犬用の生肉を購入して森の木の枝にぶら下げるが、狼はアニアの贈りものを受け取らない。アニアは、狼が気に入るような兎を二羽仕入れて、森に放つ。2,3日後、森で食い荒らされた兎一羽の死体を確認したアニアは、狼が自分のプレゼントを受け取ったと感じ、狼を自分のものにする決心を固める。アニアは、本で昔の狼狩りのやり方を学び、古着工場で働くアジア系住民を雇って、布のついたロープを森に張り巡らして狼を囲いこむ。病院から失敬してきた麻酔薬を吹き矢に仕込んで狼に放ち、失神させて、毛布と上着でくるんでアパートの一室に狼を監禁する。隣の部屋の壁穴から狼を覗くと、狼は猛り狂って吠えている。穴の存在に気付いた狼もアニアをにらむ。アニアは、お皿に肉を乗せて、全身を防御する服を着て宇宙飛行士のような姿で狼の前に現れるが、狼にかみつかれて、顔にケガをする。それでもアニアはあきらめずに、狼に餌付けを続けると、狼も次第に犬のようになついてくる。
 狼の世話にかかりきりになったアニアは、会社を無断欠勤し、狼の出す悪臭と騒音のために大家の女主に怪しまれる。久しぶりに出社したアニアは、狼の餌を買うために盗んだ社長の財布を返して、社長室で社長に身を任せる。社長が出ていくと、アニアは、デスクの上の紙にまたがって動物のように排泄し、机に火を放つ。アニアは、狼を連れて屋上に逃げるが、探しにやって来た社長を狼が「俺の女に手を出すな」と言わんばかりに嚙み殺す。アニアは狼と共に山に逃げ、狼がアニアのために捉えたドブネズミをほおばる。

 孤独で心の隙間が満たされないアニアが、愛情の対象を求めていることは理解できるが、なぜ狼に惹かれ、かつ性的興奮を感じるのか、納得のいく説明および観客の理解を導く技術がこの映画には不足している。アニアは、言いよる社長に「理想の恋人を見つけたの、私と一緒にいるだけでいいと言ってくれるの」と言うが、狼がそんなことを言うはずもない。「僕だって同じことを言っているのに」という社長の言葉は、事情を知る観客には悪い冗談にしか聞こえない。

 狼との性的関係を暗示するのは、アニアの床に滴らせた生理の血をたどった狼が、便器に腰掛けるアニアの局部をなめ、アニアが歓喜でうめくところ、狼と抱き合ってベッドに寝ている場面である。グリム童話の「赤ずきんちゃん」では、おいしそうな赤ずきんを見染めた狼がおばあさんに化けてベッドに誘い込み、赤ずきんを食べてしまう。しかし、アニアは、赤ずきんちゃんとは違って、狼に食べられることはなく、狼と相思相愛の仲のつもりなのだろうが、アニアの思い込みである。狼を見染めて囲ったのはアニアの方であり、狼がなついているのは、餌付けの結果である。

童話の「赤ずきん」も獣姦の例だという歪曲された解釈をする人もいるが、アニアも狼に性欲を感じているらしい。動物と親しんでいるうちに愛情を感じて、それが性的なものに高まる場合もありうることは知られているが、なぜアニアが狼に突然目をつけたのかよくわからない。アニアと狼との濃密な情緒的交流、あるいは狼と出会う前のアニアの性的欲求不満をエロチックに、大胆に、事前に描いていたならば、狼との愛がもう少し理解されたかもしれない。優等生で利口者のアニアが、人間社会のしがらみから逃れて、野生へ回帰したい願望を抱いていたところ、狼を目にして抑圧していた欲望が吹き出した結果なのかもしれない。しかしそれだったら、人間の男には満足できないアニア、人間の築いた文明や文化に嫌気がさしているアニア、やや精神的に不安定で常軌を逸することがあるアニアの性格等それなりの描写や場面の裏付けがないと受け入れにくい。

 映画館は、朝と夜の二回の上映であったためか満員だったので、それなりのヒット作なのかもしれないが、観客を納得させるだけの構成力がニコレッテ・クレビッツ監督には不足している。「美女と野獣の禁断の愛」、「狼との究極の純愛」を描くのだったら、シュールな仕掛け、あるいは「美女と野獣」のようなおとぎ話仕立てにした方が、逆に無理なく受け入れられるのではないだろうか。狼がアニアにとって「わたしの中の獣」を象徴するのだとしたら、もっと入念な映画上のテクニックとしたたかな表現が伴わないと「サンダンス映画祭を震撼させた」という奇抜さのみの話題性で終わると憂慮せざるをえない。終始本物の狼を使って撮影した勇気と苦労は高く評価されるべきだとしても・・・


©2016 J. Shimizu. All Rights Reserved.  2016. Dec.27


(C)2014 Heimatfilm GmbH + Co KG

 新宿シネマ・カリテにて 2016年12月26日 撮影  清水純子



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