X-Men ダーク・フェニックス

 

『X-Men ダーク・フェニックス』

(C2019 Twentieth Century Fox Film Corporation


原題X-Men: Dark Phoenix/ 製作年2019年/ 製作国/アメリカ/配給 20世紀フォックス映画/公式サイト
6月21日TOHOシネマズ日比谷 他にて公開

スタッフ: 監督 & 製作 サイモン・キンバーグ /
キャスト:ダーク・フェニックス&ジーン・グレイ-ソフィー・ターナー/プロフェッサーX&チャールズ・エグゼビア-ジェームズ・マカボイ/マグニートー&エリック・レーンシャー -マイケル・ファスベンダー/ミスティーク&レイブン-ジェニファー・ローレンス/ ビースト&ハンク・マッコイ-ニコラス・ホルト/謎の女-ジェシカ・チャスティン/

『X-Men ダーク・フェニックスジーングレイの最後

                          清水 純子

 シリーズの最終章『X-Men ダーク・フェニックス』は、ミュータントのダーク・フェニックスことジーン・グレイの最後を圧倒的な迫力で描く。

🔹闇の人格を現わして嫌われ者に
 両親を交通事故で失い、孤児になったジーン・グレイは、ミュータントの学校「エグゼビア・スクール」でプロフェッサーXの愛と庇護の元に最強のX-Menに成長する。しかしジーンは、NASA乗務員救出の任務中に熱放射を浴びて、隠し持っていた闇の人格<ダーク・フェニックス>を露出させて、優等生から魔物に転落する。宇宙で謎のパワーを得たジーンは、テレパシーとサイコキネシス(念力)の力を全開にして地上最大の脅威になる。父代りのプロフェサーXも恋人のサイクロップスもジーンの暴走を止めることができない。ジーンを正そうとしたレイブンは、その正義感ゆえに暴力の生贄になる。人望厚いレイブンを制御不能な暴力で殺害したジーンは、撲滅すべき存在としてミュータント仲間からも追われる。ジーンを擁護するのはプロフェサーXとサイクロップスのみである。
 しかしモンスターになったジーンに近づいてくる者がいた。宇宙人との遭遇によって変異した謎の女ヴィランである。この女との接近によって、ジーンは魔女としての本性を確かなものにしていく。謎の女はジーンのオルター・エゴ(Alter Ego、別人格)なので、二人の女は最後には合体して運命を共にする。ジーンのパワーを横取りした謎の女は、白髪の長髪をマジカル・パワーではためかせて襲いかかる。謎の女の怪演は、『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』の幽霊の美女シッ・シウシンを思い出させる。ジーンも謎の女も、モンスターであり、魔女であるが、なによりも女の怨念が生み出した亡霊なのである。悪の化身に堕ちたジーンは、父は死んだのではなく、生きていることを知る。母は事故死ではなく、ジーンの制御不能の念力が殺したのであり、恐れた父によってジーンはスクールに捨てられたことを知り、人間への憎しみを募らせる。常に嫌われ、排除されてきたことを恨むジーンは、比類なき怪力を得たうえで謎の女ヴィランと合体して、地球と人類の破壊に向かって暴走する。

🔹制御不能者ジーンの運命
 ジーン・グレイはミュータント(突然変異体)に生れついたために、過失ともいえる力の暴走で実母の死を招き、そのために父から忌み嫌われた捨て子である。スクールでプロフェッサーXに目をかけられてまともに成人したかに見えたが、突然の事故によって制御不能な悪の力に目覚め、暴走の果てに地球の危機を招く。ダーク・フェニックスを内に秘めたジーン・グレイは生まれながらの危険分子であり、社会的アウトローである。ジーンは、闇の性質つまり悪魔的破壊力をコントロールできず、ジーンの向かう先々では暴力と破滅が起きる。ジーンはギリシア神話の女神ビアーの武勇、暴力の神格化を思わせる。
 人間はおろか仲間のミュータントの力も及ばない最強の存在になったジーンは、究極の異端児であり、嫌われ者である。ジーンの居場所は、地球はおろか宇宙にもない。ジーンの抑圧された力の暴走が招いた結果だが、このような不幸はジーンの責任とは言えない。ジーンは、自らの選択によってミュータントに生まれたのではないし、さらなる力を得るために好き好んで宇宙の熱放射を浴びたわけではないからである。すべてはジーンの上に襲いかかった災いであり、ダーク・フェニックスへの変身もジーンにとって病の発症であり、避けられない運命であった。
 ジーンの暴走は、精神の病に苦しむ人々のそれに似ている。統合失調症や解離性同一性障害に苦しむ人々は、薬や治療によって完全に治療できるとはいえない。まして本人の意志の力では治らない。そんな状態になったのは何かのきっかけかもしれないが、DNAにあらかじめ組み込まれた情報のせいかもしれない。暴走し出すと周りの脅威として嫌われて疎外された末に追跡され、捉えられて、監禁される。ジーンのもともと普通の地球人とは異なるDNAが宇宙での刺激によってさらに変異して、解離性同一性障害を発症させ、その結果として謎の女を引き寄せ、まとわりつかせたとも考えられる。このように解釈すると、ジーンのダーク・フェニックス化は、サイコパス(反社会的人格)あるいは精神障害発症に対するアレゴリー(寓意)ととらえることもできる。ジーンが内にため込んだ制御不能の破壊のパワーを発散する直前に、目の色が金色に変化して光り、顔の血管に幾筋もの金色の火花が飛び散る描写は、狂気の発作の直前の状態を表すと解釈できる。

🔹二層構造のハリウッド・メジャー映画
 ハリウッドのメジャー・スタジオの作る映画は、見かけほど単純に作られてはいない。表層の意味とその下に隠された意味の二層構造になっている。その意味づけと解釈が二層構になっているところが、観客層に幅を持たせている。子供は、表面の豪華な画面と派手なアクションを楽しみ、大人には派手映像の裏に込められた社会的心理的深層のメッセージを考える。

🔹空中に吹き飛ばされたモンスター
 プロフェッサーXと恋人サイクロップスの捨て身の献身も、ジーンを正常な状態に引き戻すことはできなかった。狂ったまま暴走するジーンは、人間の形をしているが人間とは違う謎の物体のモダン・ゴースト、つまり化け物になった。悪の手先の落ち着く先は地獄だが、近未来SFのヒロインのジーンは、上空で謎の女と抱き合ったまま消滅する。恋に破れた人魚姫が海の泡になって消えていったのとは違って、滅びゆくジーンに哀れさはない。それどころかジーンの抹殺によって、地球には再び平和がもたらされ、安堵感がスクリーンに広がる。作り手の本音は、手に負えないモンスターは、地球外に退去願うということか? 大国の本音が見え隠れして興味深い。
 「物事をわかりやすく善と悪のように二元的にとらえられない世の中」、「勧善懲悪でない」(「Production Notes」『X-Men ダーク・フェニックス』)とアメリカの製作陣は言うけれど、日本人からみれば「勧善懲悪」の世界観に立っている。破壊分子になったエイリアンのジーンを宇宙に吹っ飛ばしてお祓い箱にするしか解決策はないのだろう。プロフェッサーXも一部のミュータント仲間もジーンへの愛を捨てたわけではないけれど、地球の安泰が維持されたので、ひとまずハッピー・エンドだと言える。
 しかしダーク・フェニックスに変身したジーンは、完全に姿を消したのだろうか? 地球に戻ることはないのだろうか? 本当に「すべては終わった」のだろうか?
『X-Men ダーク・フェニックス』は、万人受けする極上のエンターティメントである。

©2019 J. Shimizu. All Rights Reserved. 11 June 2019 

(C)2019 Twentieth Century Fox Film Corporation


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