クーパー家の晩餐会


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『クーパー家の晩餐会』(原題Love the Coopers)
製作年 2015年/製作国 アメリカ/配給 ギャガ/
上映時間 107分/ 言語 英語//
スタッフフ: 監督 ジェシー・ネルソン /製作 マイケル・ロンドン、ジェシー・ネルソン、ジャニス・ウィリアムズ・ロス
キャスト:
ダイアン・キートン:シャーロット / ジョン・グッドマン: サム /アマンダ・サイフリッド: ルビー / オリビア・ワイルド:エレノア /アラン・アーキン:バッキー/ エド・ヘルムズ :ハンク/ マリサ・トメイ :エマ  
公式HP:http://gaga.ne.jp/coopers/
2016年2月19日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開

『クーパー家の晩餐会』―聖夜が清める人間模様

                          清水 純子

『クーパー家の晩餐会』は、クリスマス・イブにクーパー家の両親のもとに集合する一族の悲喜こもごもをユーモラスに、真摯に、描いた群像劇である。
群像劇とは、「主役中心ではなく、不特定多数の登場人物たちによってストーリーを展開していく劇」であり、「大きな事件とそれを取り巻く人々を描く劇」でもある。
この映画の場合、大きな事件とは、一年に一度開かれる「クーパー家のクリスマス・イブの晩餐会」をさし、それを取り巻く人々は、クーパー家の当主夫妻サムとシャーロット、高齢のサムの父バッキーと若いウェイトレスのルビー、長男ハンクと離婚した妻に3人の子供たち、長女エレノアとGIのジョー、妻シャーロットの妹エマ、大叔母、そして食い意地の張った大犬である。

☆この映画の優れている点は、クリスマスに集合する典型的な中産階級のアメリカン・ファミリーの幸せな姿をあたたかく描くようにみせかけて、現実はアメリカ的家族の理想像を大きく裏切っていることを少し程よい苦みと辛さを保って、リアルにブラックにチクリと刺したところにある。
聖夜に集合する家族のほぼ全員が、知られたくない汚点を抱えて仮面を被ってやってくる。

A. 主夫妻サムとシャーロット:結婚生活の危機
サムとシャーロットは、3人の子供をもうけたオシドリ夫妻に見えて、最近は仮面夫婦に変貌している。ひょんなことから生き方の違いを思い知った二人は、この晩餐会を最後に離婚する決意を固めている。シャーロットは、良い母親像に縛られて、子供の自立後も子離れができず、娘の心を圧迫している。サムは、妻であることよりも母であることを優先して、夫を顧みなくなったシャーロットに不満を爆発させる。
専業主婦を完璧に演じ切ってきたシャーロットの強い希望によって、子供たちにも離婚することは晩餐会が終わるまで告げないことをサムは約束させられている。
シャーロットは、腕によりをかけて自慢のクリスマスの料理作りに余念がない。

B.長男ハンク一家:離婚+失業
長男ハンクの一家は、すでに家庭崩壊している。
離婚した妻が3人の子供を引き取って新しい彼氏と一緒に暮らしている。
ハンクは、専属カメラマンの職をリストラされて、子供たちのプレゼントも買えないでいる。
ハンクは、17回目の求人面接に失敗したところだが、まわりには、とりわけ家族にはひた隠しにしている。

C.長女エレノアとジョー:偽の婚約と戦場
長女エレノアは、家庭も定職もなく、既婚者の医師と不倫をするうしろめたさを抱え、母親の期待に押しつぶされ気味である。
劇作家としてデビューしたものの、その後は鳴かず飛ばずなのである。
母親を安心させようと、空港で偶然知り合ったGIのジョーを婚約者と偽って紹介する。
意外なことに、エレノアとジョーは意気投合して恋愛関係に発展するが、ジョーには結婚ではなく戦場が待っている。若い二人の将来はどうなることか?

D.祖父バッキーとルビー : 年の差疑似恋愛と若者の不安定
元教師のサムの父バッキーは、ダイナーのウェイトレスのルビーをかわいがっている。
ルビーにDVDを貸して感想を聞くことを楽しみに、まずい食堂にバッキーは通い詰める。
ルビーが転職して街を去ることを知らされなかったことでバッキーは傷ついて怒るが、ルビーの手首の傷跡を見てすべてを悟り、クリスマス・ディナーに伴う。

E.エマ:寂しい万引き女
シャーロットの妹エマは、独身ですべてを持っているように見える姉に対する劣等感から解放されない。
エマは、子供の頃から姉に対する劣等感が強く、姉への贈り物も安いものしか買う気がしない。
クリスマスの姉への贈り物のブローチを口に含んで万引きしようとしたところを見つかり、手錠をかけられてパトカーで連行される。
セラピストであるエマは、ウィリアムズ巡査の隠れゲイを見抜いたことによって心を開いた巡査がクリスマスだからと釈放してくれる。
いつものように遅れて到着したエマは、子供席しか残されていないのを見て、自分はクーパー家にも居場所がないとひそかにひがむ。

F.大伯母と大犬:一家の枠外の観察者
太った老婆になった大伯母は、もてはやされた名ダンサーだった若い頃の思い出から抜け出せない。大伯母は犬と共にクーパー家の中では部外者の場を占めているが、それゆえに客観的に年月の移り変わりと人間模様をみつめることができる。
傑作なのは、晩餐会の最中に居眠りをした大伯母の皿から大犬ががつがつとご馳走を食べ漁るところである。
この大犬がクーパー家の傍観者であり、大伯母を押しのける威力をもつ語り手として設定されている。
大犬は、サムとシャーロットの夫婦喧嘩の最中に、マッシュ・ポテトのボールに顔を突っ込んでたくさん平らげてしまう。
気づいたシャーロットは、あわてるが、捨てずに残りを温め直す。
その結果、マッシュ・ポテト不足でサラダは胡椒のききすぎて辛くなり、食べ過ぎの犬は会食中に大きなガスを発して周りのひんしゅくを買う。
グロテスクなまでに人間の仲間入りをして、でしゃばる大犬は、だぶだぶと太った体型が当主のサムによく似ている。
グロテスクなまでに大食で、食欲が抑えられないこの大犬は、アメリカ国民が抱える健康問題を暗に示している。
人間なみの居場所を確保する大犬は、一家の中にあって「吾輩は犬である」よろしく居座る。
アメリカは、人権のみならず犬権も尊重されるお国柄なのであろう。

☆クーパー家の人々は、聖夜のために人に知られたくない醜い現実に蓋をして、よそいきの仮面を被って集まるが、クーパー家の一員であるという自覚を再確認したことによって自分を見つめ直し、自尊心の満足によって日常の汚れを浄化し、新たな希望を持って再生する兆しを見せる。
大犬以外にも、グロテスクにパロディ化された現象がユーモラスにお目見えする――人前で互いの口を吸いあってグロテスクなファースト・キスをするハンクの息子とユダヤ系ガールフレンド、雪の中から現れたトナカイならぬ大鼻の青年などである。
『アイ・アム・サム』の知的障害者の幸福で有名なジェシー・ネルソン監督は、『クーパー家の晩餐会』でも、家庭崩壊、孤独、万引き、自殺未遂、失業、老齢化、青少年の恋愛、同性愛、過食などのアメリカが抱える苦悩をユーモラスにさりげなく、観客が咀嚼しやすい形にかえて提示し、巧みに問題提起している。

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